2025年10月10日金曜日

サウダーデ・天のキアラの「魚の偽物」




今回が100回目の投稿になるので何か特別なレシピかエピソードを載せたいと考えて投稿を2週間お休みしてしまいました。


これを教えてくれたキアラはヴェネツィアのサンピエールを料理したキャーラでもそら豆のピューレれを作ってくれたキアラでもない、この夕食会の時のキアラです。

https://note.com/kajorica/n/n6f0eb37c2bd6


そしてキアラは先週、私たちを残して逝ってしまった。


レシピの後に書くエピソードの馴れ初めの部分は2年前にブログとノートを始めるよりも前に書いたもの。


彼女がこの「魚の偽物」を作ってくれた事をきっかけに友人付き合いが始まり、第一印象だけではわからない面も見えてきて、その友人関係の変化からエピソードの内容をどう更新するか、でも優しく善良な彼女の事を変にも書きたくないと複雑で、今まで投稿出来ないでいました。


図らずも投稿がこんなタイミングになってしまいましたが、今回はキアラの冥福を祈り、長めのエピソードをレシピの後に書きます。


*****


イタリア語で「 ペシェ」(PESCE 魚の意)または    「ペシェ・フィント」(PESCE FINTO 偽の魚)と呼ばれるこの料理は、ミラノっ子に作ると皆口を揃えて「うちの母がよく作った。」という。


現在では流通が発達し海から遠くても新鮮な魚を入手できるミラノ。でも昔そうでなかった時代にミラネーゼの食べていた、ジャガイモを主材料に缶詰のツナなどを混ぜ込んだな魚の偽物。


色々な造形が工夫出来てお客様に出すにも見目の良い品なので、キアラから教わって早速私のレシピ帳に入れさせてもらった。

その後色々調べたら魚の形の型に入れ仕上げる人が多いようだ。中にはスモークサーモンなどを混ぜ込む高級ヴァージョンもあるらしい。





<材料>


<偽の魚本体材料>


・ジャガイモ 2個  400g


・ツナ缶 80g


・ケッパー 大さじ2杯


・アンチョビ 3切れ


*これは造形に重きを置く私流。形を作りやすい様にじゃがいもの多めにしています。キアラの作った長方形の魚の偽物はジャガイモとツナが2:1の割合でした。



<自家製マヨネーズ材料>


・卵 中型 1個


・エキストラバージン・オリーブオイル  80ml


・サラダ油 80ml


・白ワインヴィネガー 20ml


・塩 少々


<デコレーション用>


・タッジャスカ オリーブ




<作り方>


1・ジャガイモは皮ごとにずに入れて火にかけ、竹箸が簡単に刺さるくらいまで茹でます。

多きさにより30分前後かかります。時間短縮したい方は浅く水を張った更に置き、ラップをして、竹箸が簡単に刺さるくらいまで電子レンジにかけます。茹でるのの半分以下の時間で火が通ります。




2・1が触れる程度に冷めたら、皮を剥き、潰してマッシュポテトを作ります。




3・アンチョビはほぼペースト状になるよう微塵切りにします。




4・2が滑らかに潰れたらツナ、ケッパーと3のアンチョビを加えよく混ぜます。

*ツナ、ケッパー、アンチョビの塩気が多いので私は塩は加えません。




5-1・ケーキ型などを使う場合は型にラップをしてから4を詰めていきます。しっかり詰まったら大皿に移します。


5-2-1・型を使わない場合は粘土の要領で手で造形します。

今回は初めて魚の形にしたので、心配なので一応、外形の下書きをし、その上に半透明のオーブンペーパーを乗せて作りました。




5-2-2・概ね形が整ったら大皿に移しますが、この時形が崩れても心配無用。作った時の容量で再度形を整えれば良いだけ。




6・自家製のマヨネーズを作ります。まず細長い容器に新鮮な卵1個と半量の二種のオイルとお酢を入れ泡だてます。




7・大分泡立ってきたら残りの半量の二種のオイルとお酢を入れ泡だて作業を続け、大分しっかりしてきたら5の魚の偽物の上に被せる様に流し込みます。




8・好みでデコレーションします。今回はキアラが作ってくれたように手作りマヨネーズとタッジャスかオリーブを一列並べました。

雑誌などでは鱗型に切った生野菜で全体を覆う人などもいる様ですので、色々工夫してみて下さい。




*一般的にはマヨネーズは卵黄だけを使いサラダオイルを使用する人が多いが、キアラはマヨネーズを作るのに全卵を使うという。またオイルはオリーブオイルを使うがエクストラバージンオイルでは重くなりすぎるので、そうでないものを使うとのこと。


*今回はこのためだけにエクストラバージンではないオリーブオイルを買うのは嫌なので、常備しているエクストラバージン・オリーブオイルとサラダオイルを半々で使用しています。







*****


サウダーデ・天のキアラの魚の偽物



まず、「サウダーデ」という言葉について。


タイトルの「サウダーデ」という言葉は、キアラが好きだったポルトガル語で「失われたものへの切ない憧れ、不在への深い哀愁、そして同時に温かい幸福感、充足感なども含む、複雑で豊かな感情」を表す言葉。


ポルトガルの歌手マロが歌う「サウダーデ・サウダーデ」という曲を聞いた時、きっとキアラが好きだろうとリンクを送った。


その夏にポルトガルに留学していた娘のラケーレに会いに行ったキアラは

「街中でマロのコンサートのポスターを見つけたのでラケーレの友人達と大勢で行ったの。皆に大好評で、ラケーレは一緒に行った友人達にどうしてこのポルトガルの歌手を知っていたの?と感心されていたのよ。」

と後日嬉しそうに話してくれた。


そんなキアラを思い出し、今の自分の心境と合わせここ数日ずっと、この曲を聞いている。


文末にマロの歌う「サウダーデ・サウダーデ」のリンクを貼ります。


******


「来年度はヴェネツィアの大学に週2、3日教えに行かなければいけないので家を探しているのだけど、できればアパートを1軒継続して借りるのではなくて毎週2、3泊だけできるところがいいの。あなたがすごく安く泊まれるところを知っていると聞いて。。。」と、電話口のキアラ。


あちこちの大学で外国人学生にイタリア語を教えているキアラとは、そのだいぶ前に知り合った。

グルメ親友夫婦タマルとマウロの友人で、その十年くらい前の夏の夕、大勢でミラノのトルトーナ地区のピザ屋に出かけた時だった。家で自慢や新開発のメニューを披露し合うのが好きなタマルとマウロと私が外食したのは覚えている限りその時一回だけ。何の理由でああいう流れになったのかは覚えていない。


当時欧州内ではギリシャの経済危機が深刻化していて、ギリシャ人経済学者の彼女の夫は欧州あちこちのレクチャーに引っ張りダコだった。その勢いでかピザ屋のテーブルでも彼が主役になっていた。ギリシャの経済状況や脱税の実情だけでなく、勢いで日本の財政赤字がイタリアのそれと比較しても膨大であるにも関わらず安全だと見なされている理由まで説明してくれた。キアラはというと、おっとり穏やかで日本的と形容できるくらい控えめで静か。淡い、彼女のあり方にも似た好感を持った。


その後キアラの夫が家を出て行った事、そして癌を患い、長い抗がん剤投与の治療をしたことなどををタマルから聞いた。あの時好感を持った女性は辛い時期を過ごしているだろうと想像したが、会ったのはあのピザ屋での夕食の時だけ。当時まだ友達とは言えない関係だったから差し出がましい電話などはしないほうがいいと判断した。


***


一回目の癌治療が終わり、通常の生活に戻り仕事にも復帰したキアラが電話をして来たのは、パオラGの友人のパルマが友達に破格で貸してくれるアパートがあり、私が近年ヴェネツィアに行く時にいつも利用していることをタマルから聞いてとのこと。私の即答できる内容ではないのでパルマに尋ねてみて知らせると電話を切った。


返事はパルマの家はそんなに定期的に長期には貸せないということだったが、パルマはそういう条件で貸してくれる可能性のある複数の人に連絡し大学に通うのに便利な場所も考慮して色々な知り合いを紹介してくれた。

パオラG自身がそうであるように、パオラGの友人には親切な人が多い。自分の時間を惜しみなく他人のために割いてくれる。


その時も、親切だったのはパルマなのだが、パルマの調べてくれた事を全てキアラに伝えると彼女は私のことをとても親切だと思ったようだった。


その年の6月末にキアラから食事の招待を受けた。「あの時親切だったからお礼がしたい。」と。親切だったのはパルマだったのに、と内心思いながらも、お近付きになりたいという意味と解釈し快諾した。


夕食会にキアラが作ったのがこの料理。

キアラが作った魚の偽物は長方形のケーキ型で作られていて、カスタードクリームのように綺麗な黄色のマヨネーズでとろりと全体が覆われ、ケーキならチェリーの砂糖煮をおくような感じに、中央に点々とタッジャスカ・オリーブでデコレーションされていて、魚の偽物というより、ケーキの偽物という感じだった。


レシピをもらった時のスケッチ


「簡単なのよ。」と謙遜するキアラ(イタリア人で謙遜する人は珍しい)をフォローするように同席していた息子のエットレが「でもマヨネーズも自家製だよね。」と優しく付加価値を上げる補足説明をした。


この夕食会をきっかけに私たちの友達付き合いは始まり、一緒に山歩きに行ったり展覧会に行ったり食事に招き合うようになった。


***


実際に親しく付き合ってみるとお嬢様育ちで自分の視点や専門知識の領域から頑固に出ようとしない彼女と、所謂「川があったら渡る」派のどこにでも飛び込んで行く私の相違点が明らかになって来た。


イタリアには「憎しみは、持っている人を傷つける」という諺があるが、特に別れた夫に関する話はその諺を思い出し、こんなに人を憎んだら病気になってしまうのではと何度も思った程だ。


もちろん離婚した夫の事を褒めちぎる女性など何処にもいないが、他の多くの離婚した女性と比べても彼女の批判は特別に重かったように思う。

でも話を聞く範囲では私のようなセルフメイド・ウーマンから見ると同様にセルフメイド・マンの元夫の立場に同情する事も多かった。


ただ、彼女と古い付き合いの元夫をよく知っている共通の友人達と話してみると、その種の話は全く聞いた事がないというから、私だけに吐露していたのかもしれない。


彼女が純粋に私に持ってくれている親近感とは裏腹に、彼女をジャッジしている寛大でない自分にイライラしたり、関係のアンバランスに居心地の悪さを感じた。


何度か「私の視点ではあなたの言っている事は正しくない。」と、思っている事を率直に伝えようか迷ったが、それを言ってしまえば私自身は楽になるが、キアラは私の視点を理解するよりもストレスとして抱え込んでしまうのでは、と言わないでいた。


日頃、言葉にするしないに関わらず、相手に持っている感情はポジティブにもネガティブにも自然と伝わる物だと思っている私は、嘘をついているような少しやましい気持が最後まで消えなかった。



***


そんな友達付き合いが続き暫くして彼女の癌は再発した。


「今度は手術しなくていいの。」と微笑んで言う彼女に、私は愚かにも「良かったねー。」と嬉しそうに返したが、直後にお姉さんに会った時「キアラが可哀想で。。」と泣き出したのを見て手術しなくていいのではなく、手術できない状態なのだと悟った。


キアラは二度目の闘病生活に入ってからあれほど批判していた元夫の事を全く悪く言わなくなった。彼がサポートしてくれているかと尋ねてみると、ゆっくりと頷いた。


それは彼女が再び病んで唯一の、良い事だったと思う。


もし死に至らないほどの病気だったら、もしかしたら彼女らはやり直せたかも知れない、と思うと皮肉だ。


それから二年、長い闘病生活だった。


最後に昏睡状態のキアラをお見舞いに行った時、元夫もいて、来てくれてありがとうというジェスチャーと共に「キアラは君のことが大好きだったから。」と言った。


***


そんなスムーズとは言い難い友人関係だったにも関わらず、それともスムーズではなかったから尚更なのか、今はキアラのことが痛いほど愛おしく悼まれ、私は自分で意識していた以上に彼女のことが好きだったのだと気が付いた。


それとも私の拒否よりキアラの友愛の方が強かったということだろうか。


サウダーデという言葉が失ったものへの深い哀愁と同時に温かい幸福感なども含むのは、失って辛い程の関係が持てたということが、ある意味幸せでもあるという意味なのかも知れない。

 







下の写真は毎年4月25日の独立記念日に私の元ボスが作る魚の偽物。型を使わず手で造形している。

彼もリンパ癌を患ったが今は元気。長生きして欲しい。


2024年のウナギの偽物


2025年のアンコウの偽物


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