先週末久々にクネアツに行って、次世代の若者たちに混ざって食べたオクラのマヨネーズ焼き。
「NHKみんなのきょうの料理」のサイトに掲載されていた超簡単料理です。
https://www.kyounoryouri.jp/recipe/15998_オクラのピリ辛マヨネーズ焼き.html
クチーナ・カジョリカでは今までイタリア料理ばかり投稿してきましたが、この料理クネアツの次世代
の若者たちに好評だったので投稿しちゃいます。
オクラはイタリア語でもOKURAと呼ばれメルシェのアフリカ人や東南アジア人の屋台、またはエスニック食材屋で売られています。スーパーマーケットで見つかるほどはメジャーではありません。
イタリア起源の言葉では「K」という文字は使わないので名前からしてとても異国的な感じがします。
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<材料> 二人分
・オクラ 16-18本
・マヨネーズ 大さじ3杯程度
・粉末唐辛子 (または七味唐辛子)*省略可
<作り方>
1・オクラはよく洗い、布巾で水気を切ります。
2・ヘタの硬い部分をナイフで切り取ります。
*そうすると、焼いてから丸ごと食べられます。
3・2のオクラにマヨネーズを絡めます。
4・クネアツで作った時は多く見えるように丸いオーブン皿に放射状に並べました。
量が多ければ横に数列に並べるなど工夫してみて下さい。
マヨネーズには油分も塩分もあるので、油も塩も加えずにそのまま焼きます。
5・送風モード(事前にオーブンを温めず使用可能)のオーブンで25分程度、
あらかじめ180度に温めたオーブンなら15−20分程度焼きます。
*「きょうの料理」では七味唐辛子をかける事を推奨していますが、なくても美味。
クネアツではチリ産のスモークの粉末ペペロンチーノをかけたい人だけかける、としました。
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オクラのマヨネーズ焼きとクネアツの次世代
先週末久々にパオラGから週末クネアツに行かないかという誘いが入った。
クネアツ、パオラGがセカンドハウスを持つ標高2000mの集落だ。
クネアツの概要はこちらで:
https://note.com/kajorica/n/n884385510971?magazine_key=m22cc05a4c075
招待を受けた時、何となく億劫だったがやはり山に行くのは気持ちがいい。特にキアラが亡くなってからしばらく悶々としていたので少し山の空気を吸ってくることにする。
10月はローシーズンでロープウェイは名目上メンテナンスの為止まっている。そのため駐車場のあるシャンポルックから登らなければならない。身軽なら大した標高差ではないが、クネアツにはお店などは無いので料理の食材なども背負って登ることになる。
近所の人と皆で食事をするのなら数人分の見栄えの良い料理の食材の準備も必要なので「何人?」と尋ねると「私たち二人だけ。」という返事。パオラGは食にあまりこだわりがないので適当に食べるだけなら手抜き料理で良い。
というわけで適当な野菜と果物の他、重いものは避けてと軽くて珍しいオクラを近所のエスニック食材店で二掴みほど買う。
往路の車の中でパオラGは「上の家のナンダの息子トマーゾがフィアンセと来ているはず。彼女の誕生日だとか。他に彼らの友達も大勢いるはずだけど世代が違うから一緒に食事はしないはず。」と言う。
それから車の中から「何か足りない物があったら買って行くけど?」とトマーゾに電話すると、来る予定だった友達は減って3人。足りないものも何もない、との事。
最近山登りしていない上、今年は自転車の走行距離も少ないので運動不足気味。いつも以上に息を切らせてクネアツに到着したのは午後3時を回っていた。
ワインを飲みながらフルーツとチーズで軽い昼食をとり、昼寝して起きるとトマーゾからの夕食の招待があって今晩は15人で食事だという。
クネアツには家が20軒程度で大半の家はこの時期家主不在。
最寄りの町から登るにもロープウェイのない季節夕食のために登って下るなんてそんなに簡単な事ではない。
「3人と言っていたのに15人、他の人達はどこから来るの?」と聞くとクネアツ生まれの牛飼のマリオの長男と末娘が家族で来ているので招待したのだという。
クネアツは過疎化が進み、最後に残った兄弟のマリオとアレハンドロの兄弟も高齢になり、今では谷間の町に移住し、夏時々クネアツに登ってくる程度。
通年住んでいるのはアレハンドロの娘が一家で山小屋を経営しているだけ。
そういう展開で土曜の夜にこのオクラのマヨネーズ焼きを作った。二人で食べるつもりでエスニック食材店で二掴み買ったオクラは数えたら18本。一人1本のお味見程度だけど、人数分あるだけでも幸運。
少ないオクラが多く見えるようにオーブン皿に放射状に並べて焼き持って行くとマルティーナが「これなあに?」と。皆オクラを見るのは初めて。「アジアの野菜でオクラと言って。。」と説明すると「野菜?イワシか何かかと思った。」と言うので笑ってしまった。味は極めて好評。
土曜の夕食だけでなく日曜のランチもトマーゾとフィアンセのマルティーナ、マリオの長男と末娘とその家族、私たちの他に、ミラノのビオラの演奏者で音楽家クラウディオの娘もいて、皆育った環境も、暮らす環境も、仕事も全く違うのに本当に楽しそうに話している。
マリオの長男は子供の頃まだ村の各家庭にお湯もなかった頃、ガズボンベを背負って山を登ってくるパオラGにひどく驚いたのだという。山間の小さな村で育った子供にとってパオラGはほぼ火星人に見えたのではないか、と想像してしまう。
それから以前フランチェスカと山に行き地元の牛飼いのチーズを買いに行った時のことを思い出した。フランチェスカはその牛飼いとチーズを買うための最低限の言葉しか交わしていないのに、軽く軽蔑するようなトーンで「こんな僻地で学校にも行かずに一生過ごすなんて。」と、言った。それを聞いた時、それまで持っていたフランチェスカへの好感が圧力鍋のバルブを持ち上げた時のように、大きくしぼんだ感じがした。
帰りの車の中で、彼らクネアツの次世代に元気をもらったような気分で、社会的な地位などで人を色眼鏡で見る事なく仲良くて、すごく好感が持てた、とパオラGに話してみたら、パオラGはいつものスポーティブな軽い笑顔で「彼らは一緒に育ったようなものだから。」と言った。
パオラGの娘達が小さかった頃は毎夏、約三か月もある長いイタリアの夏休み、マリオの牛舎に娘たちを預け、牛の乳搾りを始め、色々な牛の放牧の仕事やチーズ作りを手伝って育ったと聞いた事がある。
その後長女のサラは農学部に進み、地球温暖化の研究で博士号をとった。次女のルチアは獣医になる勉強をし現在は製薬研究をしている。
二人とも学術論文を数十と執筆している学者だが、出発はそんなシンプルで純粋な環境からきているのだろう。


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