2025年5月2日金曜日

イタリア解放記念日のニョッコ・フリットとエミリア地方の人たち


どこの国のどの地方にも地元っ子の目の色が変わるような名物郷土料理があると思う。

イタリアのエミリア地方ではニョッコ・フリットがそれにあたる。


ニョッコ・フリットとは何か?

ニョッコ・フリット(Gnocco fritto)とは、モデナとレッジョ・エミリアの名物料理。薄い揚げパンで、生ハムやサラミ、チーズなどと一緒に食べるものだが、とにかく、エミリア地方の人はニョッコ・フリットと言うと皆急に顔が明るくなる程だ。

個人的な好みで言うと、この炭水化物と動物性タンパク質と油脂で構成され、野菜のかけらも無いスナック的な食べ物を「ものすごく美味しい!」と思ったことはない。これはエミリア地方の人達には口が裂けても言えない。。。。

でも子供の頃から食べていたら病み付きになるのは理解可能で、ストリートフードとしても食卓に乗せてもお祭り気分になる「楽しい」食べ物であることに間違いはない。

ニョッコ・フリット(Gnocco fritto)と言う名前は特にモデナとレッジョ・エミリアで使われ、レッジョ・エミリアの北に隣接するパルマでは同じものをトルタ・フリッタ(Torta fritta)と呼び、モデナの南に隣接するボローニャではクレシェンティーナ(Crescentina)と呼ぶ。ピアチェンツァやフェッラーラでも別の呼び方があるらしい。

パルマ、レッジョ・エミリア、モデナ、ボローニャはいずれもエミリア・ロマーニャ州のエミリア地方になるが、アドリア海側のロマーニャ地方ではピアディーナ・フリッタ(Piadina fritta)と呼ぶと聞いた事がある。が、エミリア地方の人に言わせると、そんなものは「紛い物」だという。

現在のイタリアの州の分割ではエミリア地方とロマーニャ地方と同じエミリア・ロマーニャ州に属していてもエミリア地方とロマーニャ地方ではメンタリティーも微妙に対抗意識があるのだ。




エミリア・ロマーニャ州の位置関係

北5県ピアチェンツァ(Piacenza)、パルマ(Parma)、レッジョエミリア(Reggio Emilia)、モデナ(Modena)、ボローニャ( Bologna)、フェッラーラ(Ferrara )がエミリア地方

南3県アドリア海側のラヴェンナ(Ravenna)、フォルリ-チェゼーナ(Forlì-Cesena)、リミニ(Rimini)がロマーニャ地方


425日のイタリア解放記念日とエミリア地方の人たちに関してはレシピの後に



<材料> 30個分

・薄力粉         200g

・強力粉         150g

・牛乳 50g

・温水 50g

・ラード         35g

・ビール酵母 4g

・砂糖 ひとつまみ

・塩         ひとつまみ

・揚げ油    ラード 2kg または ピーナッツオイル 1lt


<作り方>

1・小さめのボウルに室温の水10gと牛乳10gを注ぎ、ほぐしたビール酵母を加えて完全に溶けるまで混ぜます。

2・大きなボウルに二種の小麦粉と柔らかくしたラードを入れて混ぜます。始めはフォークで混ぜ、小麦粉に空気が触れるようにします。

3・2に1を注ぎ、よく混ぜ、残りの水と牛乳を少しずつ加えます。

4・概ね液体が吸収されたら、ひとつまみの砂糖を加えて手でこね続けます。

5・最後に、ひとつまみの塩を加えて再度こねて作業台に移し、約 5 10 分間練り続けます。

生地は弾力がありすぎても柔らかすぎてもだめ。

6・練り終わったらボール状に丸めてラップでまたは固く絞った布巾で覆い、暖かく湿気のある場所で約 1 時間半放置して発酵させます。

7・発酵時間が経過したら、生地を23つに分け、軽く小麦粉をふった台の上で、約2mmの厚さになるまで伸ばします。

慣れた手つきでのし棒で生地を伸ばすボローニャ出身のチェーザレ



パスタマシーンで生地を伸ばすレッジョ・エミリア出身のキアラ



8・7を概ね一口大に切って後はひたすら熱したラードまたは油で揚げ続け、

熱々をサラミやチーズなどと一緒にいただきます。



揚げ物は庭にセッティングした電気コンロで(室内だと部屋が汚れるから)揚げ物をする。去年はキアラが担当、今年は娘のアダが担当




*ワインはランブルスコ(lambrusco)、と呼ばれるこの地方の発泡赤ワインがよく合います。

ランブルスコは別名「貧乏人のシャンパン」とも呼ばれ比較的安価なスパークリングワイン。特に赤が中心なのでニョッコ・フリットの過剰な脂肪分を分解してくれる感じがします。


大勢の会食なのでニョッコ・フリットと合わせる

生ハムとモルタデッラハムを持った大皿

レストランだとニョッコ・フリットと生ハム類は

同じ皿に盛ってサーブされるのが普通



揚げたてを食べるのが美味しく、一度には揚げられないので大勢で食べるときは何となく五月雨式になり、皆で揃っていただきます!という風にはなり難い。



ちゃんとした写真を撮らなかったので画像を
1枚ウィキペディアからも拝借

Photo ©Jessica Spengler


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425日のイタリア解放記念日とエミリア地方の人たち

解放記念日とは日本で言う終戦記念日だが、アメリカに無条件降伏し「敗戦した」という認識の日本とは異なり、イタリアでは反ナチスドイツ、反ファシズムのパルチザンが勝利しイタリアを全体主義から解放した、つまりイタリア人自身が自由を勝ち取ったと言う認識が強い。

昨年に続いて今年の425日解放記念日も90年代に仕事をしていた元ボスのデニスのところでランチがあった。

昔デザイン事務所として使っていた広いロフトは今では自宅事務所になっている。昔皆でランチを食べた庭は、キアラのケアでさまざまな植物が植えられ素敵になっている。


広いロフトは半々、デニスと親友のカメラマンのミロで分けているので、このランチはミロの家族(離婚しているので正確には元家族だが、良い関係を保っていて元妻のエミと娘二人も参加)そこに親の世代の友人や子供世代の恋人達、今年はエミの97歳ののお母さんも加わり、年齢層は20代から90代までと広かった。そんな風に老若集まってもヒエラルキー無く皆が違和感無く楽しめるのがイタリアのこういう集まりの良いところ。



デニス、ミロ、キアラはどちらもレッジョ・エミリア出身。エミリア地方の人はザックバランでフレンドリーな人が多く、また独創的で発明家を多く輩出した地方でもある。

デニスもミロもキアラも例に漏れない。


だからイタリアに来て初めの頃は仕事関連で知り合う人の大半がエミリア地方の人だった。


仕事外では最初の年は、在ミラノの日本人の友達ばかりができた。

翌年はオランダ人、韓国人、フランス人、ドイツ人などの外国人の友達が、3年目にイタリア人でも南出身の人達がそこにエントリーし、比較的閉鎖的と言われるミラノっ子の友達ができ始めたのは5年目くらいだったので、初めの10年くらいはミラノに住んでいても自分のことをミラノ人とは思えず、どちらかと言うとエミリア人の養子になったような気分でいた。


だから今でもデニスとキアラのところにお呼ばれする時、行くと言うより、古巣に戻ると言う感じで、懐かしく嬉しい。


この会食では売れっ子イラストレーターのオリンピアのお菓子のレシピも仕入れたので、またご紹介します。



下の写真は昔皆でランチを食べた庭。

とてもミラノとは思えない環境で小さなエミリアと呼んでいた。




2025年4月26日土曜日

オルトレポーの復活祭の連休とパオラRのイースター料理・ウンブリア地方のイースター・ケーキ(チーズ入りパン)


パオラRは今まで何度も登場している同名のパオラGの友人。お料理が大好きで4日間のロングウィークエンドの間いろいろな料理を作ってくれたので、その中で最も素敵で初めて食べた、イタリア中部のウンブリア地方のイースター・ケーキのレシピを紹介します。


ウンブリア州の位置



この料理はウンブリア地方の伝統的なイースターの朝食メニューで、コッパと呼ばれる豚の首の部分のハムなどと一緒に食べるのだそうです。


「チーズピザ」や「イースターピザ」「トルタ・ディ・パスクア」(イースターケーキの意)とも呼ばれていますが平たいピザには似ても似つかず、「チーズ味のケーキ」とか「チーズ味のパン」と呼ぶ方がしっくりきます。



オルトレポーのイースターとパオラRのイースター料理の話はレシピの後に


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<材料>


・牛乳 150g


・ビール酵母 20g


・薄力粉 500g


・パルミジャーノ・レッジャーノチーズ おろしたもの (粉状)100g


・ペコリーノチーズ おろしたもの (粉状)75g


・エクストラバージンオリーブオイル 100g


・エメンタールチーズ 粗くおろしたもの 100g


・塩 10g


・卵 4





<作り方>


1・ビール酵母を人肌に温めた牛乳に溶かします。


2・小麦粉、ペコリーノチーズ、パルメザンチーズを混ぜ合わせ、追って卵も加えます。


3・1と2を混ぜ最後にオリーブオイルを加え、手から簡単に離れる生地になるまで混ぜ合わせます。


4・塩、ひとつまみのこしょう、そして大きめの穴のおろし金ですりおろしたエメンタールチーズを加えて生地を完成させます。生地を丸めて、バター(またはオイル)を塗った型に入れます。

*この分量でリング型ならば直径18cm、高さ10cmの型でちょうど良いので、目安にしてください。


5・生地が型いっぱいに膨らむまで暖かい場所で約2時間発酵させます。

*パオラRは暖炉の前に置いていました。


6・180℃5560分焼きます。表面が焦げすぎそうな場合は、アルミホイルで覆います。


7・竹串を通して何もついて来なかったら焼き上がり。



8・型から外しテーブルに運びます。






オルトレポーのイースターとパオラRのイースター料理


昨年のイースターは4月上旬だった上、標高2000mのパオラGの山の家で雪の中に埋まっている様で、家の前の写真とともに「ハッピー・イースター」のメッセージを友人たちに送ると、「メリークリスマス」という返事が返って来たほどだった。

今年はパオラGの友人のパオラRの招待でオルトレポーと呼ばれる、私の住んでいるロンバルディア州の最南端の丘陵地帯にある彼女の「田舎の家」にお呼ばれし、金曜からイースターマンデーの月曜まで過ごして来た。


オルトレポーとは「ポー川の向こう側」という意味でミラノから見て、文字通りポー川の向こう側の丘陵地帯。葡萄畑が広がり、ワインの産地としても知られている。




オルトレポーの丘陵地帯



パオラRの田舎の家は CASA DEL GATTO 「猫の家」と呼ばれる小さな集落にあり、元々は22歳年上の夫が63歳で年金生活に入った時に葡萄とラベンダーを栽培する目的で畑付きで購入したものだという。




CASA DEL GATTO 「猫の家」の看板



近所の葡萄畑


その夫は数年前に亡くなり、畑は売ってしまったので、今では広ーい庭付きの別荘の様になっている。半日草むしりを手伝ったが、二人で半日かけても全体の1%も終えられなかった。



家の前の庭



パオラは私よりだいぶ年上で、今年の秋に75歳になるそうだが、とても好奇心が強く、いつも目がキラキラ輝いていて、お料理が上手く、広い庭のあちこちに咲いている花を何気なく家の中に飾る生活の達人。子供がいないせいか、それともキャラクターか、おばさん、お婆さんという雰囲気はなく、可愛い年配の少女という感じのする人だ。



初日のランチはミラノから来た4人で簡単にトマトソースのスパゲッティで済ませたが、ソースに使ったトマトピューレはパオラの手作りだった。


午後にもう二人トリノからの客人が到着。6人で金曜から日曜まで過ごす。

日曜夕方にトリノからの客人二人が帰った後、月曜にミラノからの客人がまた一人。


パオラと小学校2年生からの親友のルチア以外は皆初対面だったが、お料理でも取り合わせの良い食べ物と取り合わせの良い食べ物のコンビネーションは美味しいように、人も感じがいいと思う人の友達というのは皆自然と馴染めるものだ。職種も年齢も生まれ住んでいる所もとても違っても。




初日のランチ4人用の簡単なテーブルセッティング

こんな簡単なランチでもささっとお花を飾る



金曜の午後はウンブリアのイースター・ケーキ、アーティーチョークのイースター・パイを焼く。


2日目の晩は私の担当でカボチャの花の詰め物と豚の角煮を作った。

https://note.com/kajorica/n/n370c0992ae99?magazine_key=mb27aef3638ae


https://note.com/kajorica/n/n1c68c37799a7



その間にパオラは手際良く、ロシア・サラダと呼ばれる、ポテト、グリーンピース、にんじんのサラダを用意し手作りマヨネーズにあえた。カリフラワーは蒸して火を通し、マッテオの持って来た大きな鶏を2時間以上茹で、鶏肉に合わせるサルサ・ヴェルデ(グリーンソースの意・ボッリートと呼ばれる様々な肉を長時間茹でる肉料理に合わせるソース。)イースターのランチの準備をしていた。




パオラのキッチンからダイニングスペースを見る。

広いリビングルームは別にあるのだか、皆ずっとダイニングスペースで過ごした。




パオラのイースター・パイ


パオラ独特のやり方はパイ側をきっちり型の大きさに広げず適当な小さめの大きさに伸ばし、つぎはぎで作る。その方が美観的にも面白く、趣がある様に思うのは私だけだろうか?








2日目土曜のランチはハイキングに出かけた先でピクニック。イースター・パイを4分の1ほど持って行く。




カリフラワーのサラダ






サルサ・ヴェルデ 制作途中

庭の菜園のイタリアンパセリ、ゆで卵の黄身の部分、アンチョビが主材料





ハイキング&ピクニックの帰り道





パオラのケーキの刺繍


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