前半はこちらです。
https://note.com/kajorica/n/n0c8ec53b02b8
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後半に入る前にベルギーの自転車走行ルールの話をしておきましょう。
今まで行った欧州の国では大きな街の中には自転車レーンが整備されていても。街を抜けると自転車レーンが消えて自動車のレーンを走ることになることが多い。でもずっとベルギーでは国道沿い自転車レーンが続きます。
逆に街中で自転車レーンが作れず、自転車と自動車の混合レーンになる場合にこのような標識があります。
自動車のドライバーは自転車に親切で、100メートル先で自転車に優先を譲るのを待っている程ですが(イタリアなら20−30メートルでも車は待ってくれない)
ただ間違って、例えば自転車専用レーンが道の反対側の垣根の向こうにあって気が付かず、自転車専用レーンがあるのに自動車レーンに入ってしまうと、大袈裟にクラクションを押されたり、時には罵倒されますので、ベルギーで自転車旅行したいと思っている方はお気を付けください。
6日目 ディスクムイデ > ネウポート > オステンデ
朝食
宿から4、5キロのディスクムイデの中央広場には美味しそうなお菓子屋さんがありここで朝食。
イタリアと比較してベルギーにはイタリアのバールや日本の喫茶店ドイツのベッケライ(パン屋)のように手軽で美味しい朝食をとれるところが極めて少ない。
海沿いの観光地は別として、普通の小さな街には喫茶店がないことも多く、あっても朝10時半始まりで朝から自転車で走る私たちには遅すぎたり。そのため前半はやむを得ず、スーパーマーケットで何か買って立ち食いすることになった。
人が人と会って楽しくおしゃべりしながら飲食をする場所に溢れたイタリア住んでいるので、人々は一体どこで社交しているのだろうかと不思議だ。
そして6日目にして初めて、ディスクムイデ中央広場に着いた時、頭に描いていた様な「朝食処」が探さなくても目の前にああるのが信じられない程で、嬉しくて朝からケーキを注文。イタリアで珍しいようなデコレーションケーキ。
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ディスクムイデの街は趣がありいい感じだが、この辺は2回の世界大戦で激しい戦いのあった地域で多くの歴史的建造物は戦後以前とそっくりに再建されている。
他に昨日の宿のインフォメーションの女性から聞いて戦争の記念碑とミュージアムがあるというので見に行く事にする。パオラは歴史に関わる記念碑などが大好きなのだ。
その代わりにデ・ドレ・ブロワーズ(狂気のビール屋)の工場を外から眺める、というのはやめる事にする、朝だし。
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ディスクムイデからネウポートまでは以前鉄道が敷かれていたらしい、定規で引いた線のように直線の道がサイクルロードになっていて、所々に第1次世界大戦でも第2次世界大戦の記念碑のように抽象、具象の彫刻が配置されていた。
ネウポートに着くと、ちょうどメルシェのある日で屋台を見るのは面白いが、街の本当の雰囲気というのがわかりにくい。
ヨットハーバーを尻目にオステンデ方面に海沿いを北上する。
途中ローアルコールビール休憩。
ベルギーでは写真のようにワインのテースティンググラスを大きくしたような口の窄んだステム付きのグラスで飲むのが一般的な様だ。いつものようにおつまみは付かない。
アルコール類を注文するとゴージャスなおつまみのつく伝統のあるミラノに住んでいるので、「全く」何もないというのに旅行中慣れる事はなかった。代わりにコーヒーを注文するとビスケットかチョコレートが付いてくる。
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この北海の海岸沿いは世界でも珍しい海岸トラムが、ほぼ南端から北端まで走っている。
海岸沿い自転車レーンは遊歩道も兼ねている上、海水浴客で一杯のところも多くスピードは落ちるが内陸部と比較して風が爽やかで気持ちいい。もう10年以上海でバカンスしていないけれど、やっぱり海も気持ちいいなぁ、と改めて思う。
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オステンデは北海に面した鉄道駅ができた19世紀後半から優雅な海水浴地として知られていた。
アールヌーボ様式の優雅な建物が並んでいた昔の写真を見たことがあったので、海沿いに防波津波壁のさながらにぎっしり並んだ5、6階建ての現代建築のを見たときは少しがっかりした。
この海沿いアパートを買えた人だけが海の景色を味わえる、という都市計画は間違っているように思う。その点、イタリアの行政の景観管理は悪くないと言えるのかもしれない。
クリスタルのブログの方でアンティークのバカラに「オステンデ」という項目があるので、自前の写真で更新すべく指折り程度残っているアールヌーボー様式の建物の写真を撮影。
海沿いのオステンデの道を写真を撮りながら通過し、一路宿へ。
宿に荷物を置いて海へ。何年ぶりかの海水浴。北海というのも初めて。
でも夕方なので少しだけ。
オステンデからアントワープまで電車で行くと変更し、行程に1日余裕ができたので、海が気持ち良かったら2泊しようかと思っていたけれど、宿が今ひとつなので海水浴客の多さに辟易してしまい、明日の朝はオステンデの中心部を観光して午前にはアントワープ行きの電車に乗ることに。
「海」自体は文句なく良いのだけど「ハイシーズンの海水浴地」が好きでないので最近来なくなったのだ、と改めて認識。
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7日目 オステンデ > アントワープ
宿から鉄道駅までは5、6キロ。
オステンデ発アントワープ行き乗り換えなしのインターシティー(高速電車)は毎時出ていて、席指定はないので予約内都合の良い時間に乗り込めるとの事。イタリアでは高速電車は全て予約制なのでチケット購入時に時間も決めなければいけないのに比べ便利。
オステンデの町を散策するが、観光地なのでゲントやブルージュの様な奥深さは無い様に見え、それはただイタリアに住んでいる私たちが19世紀の街並みを「古い」と呼ばないだけかも知れないが、11時の電車に乗る事にする。
オステンデからアントワープまでは2時間弱。
アントワープの古い駅舎は内側も外側も素敵だ。
宿は駅から中心部を通り過ぎ、エスコー川の向こう側。
KomootやGoogleでここで川を渡るという指示のある場所に橋はなく、戸惑う。
慌てた時は空腹を満たすに限る。ランチは川の少し手前のアンティーク市の近くのミニスーパーのコールスローで済ませる事に。毎晩レストランの食事は野菜不足になりがちで体が大量の野菜を欲していた。
ランチ後、アンティーク市を物色。
食後もう一度KomootやGoogleで「ここで川を渡る」という指示のある場所に戻ってみると、解った。人が列を作っている場所にエレベーターとエスカレーターがあり地下に通路があるのだった。かなり深い様子。
エレベーターの扉は簡素だがアールデコ風の装飾がある。ということは約100年前のトンネルという事になる。
後から調べるとこのトンネルはセント・アンナ・トンネルと言い、1931年から1933年にかけて30カ月の工事で完成されたもの。私のアバウトな時代考証はおおよそ当たっていた。
宿に荷物を置きアントワープの街を散策しに。
今後の予定としては、オランダ内のベルギーの飛び地の地ビール屋は行かない事にしたので、明日はここを起点にしてトラピストビールで超有名なウエストマール往復50キロを走りウエストマール修道院のビール工場を見学予定。
戻ってからアントワープス・ブロウ・カンパニー(Antwerpse Brouw Compagnie アントワープ・ビール・カンパニーの意)にも行ってみたい。
なのでアントワープには2泊し、2日後に車を停めたグリムベルゲンまで約40キロ走る。
グリムベルゲンでは早めに着いたら温泉に行き、一泊した後自転車は車に積んでルーベンを訪ねる。丁度その日は雨の降る予定。
出発前にベルギーの8月の降雨日数を調べたら6日だった。だから約10日の行程なら2日雨に降られても不思議はないはずだが、今まで雨に降られたのはオステンデの夜明け前の雨とオステンデからアントワープの電車の中だけ。ラッキーだった。
だから今日はアントワープ市内観光。
画家ルーベンスの自邸がミュージアムになっている。あいにくこの時期館内は修復のため閉まっているが庭園が見学できる。
街の中央広場付近は観光客で溢れていてとてもゆっくり観れないので明日の朝ウエストマールに行きしなにもう一度寄る事にする。
自転車で環状道路内を周りオペラ座なども見る。
宿方面に進みながら、古くて地元のおじさんがサッカーの試合を観ている様な飲み屋のようなお店がある。イタリアだったら育ちのいい男性が女性に「こういうお店には入らない様に」と忠告する様な店。こういうのが私もパオラも好きだ。(笑)
地元サッカーチームがゴールしたり、したけどオフサイドだった時などは大騒ぎだった。
ここで軽い夕食を取る。
パオラもだいぶ食が細くなったかな。私は先月までダイエットしていたから良いけど。
2019年に初めて二人でドイツで500キロ走った時は大食で、彼女と同じペースで食べていたら運動量にも関わらず3キロ太ったのだに。
古い飲み屋
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8日目 アントワープ > ウエストマール > アントワープ
朝、アントワープのトラピストビールで名の高い北西ウエストマール修道院に向かう前に、中央広場に寄る。流石に朝は夕方より人が少ない。
アントワープという街の名前は「手を投げる」という意味があるそうでローマ兵士が巨人の手を切って投げた事に由来しているといい、そのローマ兵士の銅像が中央広場にある。
さて、この後はウエストマールに向けてひたすらペダルを踏む。片道25キロの国道沿いの道だ。
日曜日だからか交通量も少ない。往路はKomootのプラン通り国道沿いの最短距離を走る。
ウエストマール・ブロワ
事前に調べた資料ではウエストマール修道院は宿泊もできると書いてあったが、修道院のサイトを読むと宿泊は「信者が宗教的な目的で滞在するためのもので最低三泊」とのことで、私たち向きではない。修道院のサイトには訪問やツアーの時間帯の情報がなかった。もしかして入れなかったら?と一抹の不安を「あんなに有名なウエストマールには入れないわけがない」とかき消しながら自転車で走る。
まあ入れなかったら外から眺め、地元のカフェでウエストマールのビールを飲むしかない。
1789年に始まったフランス革命政権は反教会政策をとり、キリスト教への激しい弾圧を行ったためフランスからベルギーに逃げた修道士たちがアメリカ大陸に移住しようとしていたのをアントワープの枢機卿に引き留められ、この地に定住したという。
ウエストマール修道院は幹線道路から数百メートル入った場所にあった。
アプローチの並木道の修道院とは反対側にウエストマール・カフェという案内がある。
という事は修道院ないにカフェなど飲食のできるところはない、ということ。
大きな修道院の周りを一周するが中に入れる場所はなく、唯一ビールとチーズの販売所の扉は、日曜だからか閉まっていた。
この修道院はトラピスト修道会(厳律シトー修道会)で、キリスト教徒の中でも世俗から離れ、外部との無駄な交わりを断って神への祈りと日々の労働に生涯を捧げる宗派。
遊びでビール買いに来る観光客などは相手にしないというのは理解可能だ。
仕方ないので並木道を戻りウエストマール・カフェに向かう。
高級ファミリーレストラン、と言った感じのウエストマール・カフェは国道沿いにあり大きな駐車場付き。
修道院制のチーズのおつまみ付で3タイプのウエストマール・ビールのテイスティングコースを注文。
ウエストマール・カフェの三種テイスティングコース
二種コースもある
帰りは森の中や運河沿いなど、やや遠回りでも気持ちの良い道を選ぶ。
アントワープス・ブロウ・カンパニー
Antwerpse Brouw Compagnie
アントワープの少し手前でアントワープの地ビール屋アントワープス・ブロウ・カンパニー(省略するとABC)の場所を調べると、ほぼ通り道なので寄ってみる。ここはガイドツアーは最低8人とのこと。言って見入ると中と外にバーがあり、白ビールを飲む。
見学出来ればまた印象は変わったのかも知れないけど、ビールは特記すべき程ではないが、リラックスできる環境。
アントワープス・ブロウ・カンパニー
アントワープ市内だから良いけど、ここに来るために何十キロも自転車で走るほどではないかも。
メニューやグラス、コースターはアメリカンヴィンテージ風のグラフィック。
夕食前に一度宿に戻る。
町の中心部は「人てんかん」起こしそうなほど観光客が多く、あんな中で美味しいレストランを見つけるのは至難の業に思える。
明日の晩はグリムベルゲン。またレストランが大半夏休み中、ということもあり得るので、ベルギーできちんと夕食を取るのは今晩が最後と考えた方が良い。
「川向こう」の宿の近くの方がいいお店があるかも。
そういえば昼間静かだった宿の裏には砂浜があるらしく、昨晩やけにうるさかったからディスコもあるのだろう。まず砂浜を見に行く。砂浜といっても日光浴用の砂浜で水質が悪く水浴には適していないそうだ。その代わりプールがある。昨晩の騒音から想像したようにディスコもある。
少し進むと川沿いの「砂浜」沿いに数軒レストランが並んでいて、本格「ムール・フリット」のお店もある。
こういう地元の人しか来ないような場所の方がレストランは絶対に美味しいに違いない。
服を着替えてレストランへ。
この辺の川の対岸は工業地帯のようで風力発電と工場などが見え、特に夜景はとても未来的。
その景観を見ながらの食事だ。
川の対岸は工業地帯
川の対岸は工業地帯の風力発電
「ムール・フリット」のムール貝は直径約15センチ高さも10数センチの鍋が一人分で軽くムール貝が1キロは入るので二人でシェアすることに。
他に前菜にホタテ貝のハーブソース。どちらも美味しかったので今度再現してみよう。
8-13 写真は3割くらい食べてから撮ったもので、サーブされた時は山盛りだった
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9日目 アントワープ > ボーム > グリムベルゲン
朝起きたら雨だったが、幸い9時前にはやむ。
自転車の行程は今日が最後。
雨が止むのを待ち出発。
グリムベルゲンはアントワープの南約40キロ。
市内を抜けて数キロ走ったところで、明るくて感じの良いカフェを見つける。
朝食をとろうと入ってみる。
入り口のところで編み物をしていた二人の女性に微笑みかけられる。
ベルギーはカフェのない国と思っていたのに変な感じ。
よく見ると客は皆かなりのお年寄り。
少ししてわかった。外部の人も入れるけど、老人ホームのカフェなのだ。
カウンターでは若者がサーブしている。
開放的で気持ちの良い場所だった。
朝食を済ませて再出発。
途中行程のの半分くらいのボームという街がある。
「4月1日から9月30日までアルコール禁止区(テラスを除き)」
多分「路上や広場で」禁止という意味
本当はここで川を渡るのだが、その橋が工事で閉鎖されている。別の橋を渡るのは大きな遠回りになる。どうする??!
一瞬怯んだがパオラが渡し船を見つけ、問題解決。もちろん自転車も乗せられる。
この後は長く運河沿いを走る。
羽橋ではなく持ち上がる橋
グリムベルゲンには早めに到着したので、宿でまだ味見していなかったグリムベルゲンビールを味見した後、テルメへ。
テルメといっても温泉水ではないなーんちゃって温泉で日本人には満足できない。
夕食処を探しに町中を歩き回ったが、初日に行ったピザ屋を除くと開いているレストランはタイ料理だけ。ピザ屋は前回行ったし、明日イタリアに帰るというのにピザもないでしょ、とタイ料理レストランに。
満席で、タイで食べるタイ料理とはだいぶ違うけど、それなりに美味しかった。
ベルギー最後の食事なのでまだ味見をしていないOMERとKarmelietというメーカーのビールを注文。
10日目 グリムベルゲン > ルーベン > シャニパネー
明け方から雨が降る。
本当はグリムベルゲンの公園内の古いお城の中のミュージアムを見る予定だったが取りやめ、早々荷物をまとめてルーベンに向かう。
ルーベンの大学ではビールの研究がされていて、学生は各地のビール工場に足を運んでいるという。が、8月は夏休み中で大学を訪問する事はできない。
ルーベンも古い良い雰囲気の街だが、大学生のいない大学の街がなんとなく寂しい感じがするのは、雨のせいだけではないだろう。
ルーベンにはステラ・アルトワというベルギー最大のビールメーカーがあるが、これは旅行の計画の時点で訪問のスロットが空いていないので諦めた。
この街ですべ事は街中心部観光のほかに、どこかでイタリアに持ち帰るビールを仕入れる事。
中心部のフランス系の小さなスーパーでは品揃いは少なすぎ、ベルギーオリジナルらしいDelhaize Heverleeというスーパーマーケットを探す。
Delhaize Heverleeにはかなりの種類のビールがあったがローデンバッハはクラッシックとグラン・クルーだけでアレクサンダーがなかったのが残念。
でもお土産の大半はキリック、だってイタリアでは売っていないんだもの。
雨のルーベンを後にベルギーにさよなら。
往路のフランスの道が退屈だったのでドイツを通って帰ろうか、などと話していたのに、知らぬ間に往路と同じ道を走っていることに気がつく。
せめてスイスにはバーゼルから入ろうと、おとぎの国のように可愛らしい街並みのコルマールあたりで一泊しようかと宿を探すが電話が通じない。何度が試したがダメでもう午後も遅いから、往路で1泊したシャンパネーに行くことに。グリムベルゲンでもそうだったが一度泊まって勝手のわかっているところに帰るのは安心感がある。
夕方到着したシャンパネーの宿は10日しか経っていないのにだいぶ人が少なくなっていた。気温も猛暑が一段落してだいぶ下がっていたせいか、夏休みも終わりかぁ、とつくずく思う。
11日目 シャニパネー > ミューリューズ > ゴッタルド > ミラノ帰宅
もともと12日の予定でミラノを出発したので、1泊どこかで泊まって帰る時間の余裕がある。
そこでパオラが考えついたのがスイスに別荘を持っている友人の家に寄る。
寄ったら歓迎して一泊泊まって行けと言うに違いない。と言うのだ。
そう言う思惑で数日前からチャットしていた。
ごく親しい友達ならいざ知らず、あまり親交のない高校時代の同級生で、最後に会ったのがいつだかも思い出せないという。
「その程度の知り合いならお茶くらいは出して歓迎してくれても、泊めてくれるのは期待しない方がいいんじゃない?」と何度も言ったが、
「えー旅行者を泊めない?そんなことないでしょ?」
などと言っている。
そんなパオラの性格が羨ましいと思うことは少なくない。
パオラ自身が気軽に友人知人を家に泊めるから全ての人が彼女のようなもてなしをしてくれると思っているのだ。
下宿させているフランス人の店子が彼女が作った毛糸編みの帽子を褒めたら、その子のために同じ型の帽子を編んであげているのを見て、娘二人が顔を見合わせていたこともあった。
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シャンパネーからコルマールに行くのは後戻りすることになるのでコルマールの代わりにミューリューズを見てからバーゼル経由でスイスに入ることにする。
中央広場のメリーゴーランドはアンティークな感じ
「おフランス」な感じ
高校時代の同級生の家はゴッタルド峠のイタリアの側にある。
帰路もゴッタルド・トンネルは渋滞するだろうから峠越えをしようと話していたが、全く渋滞はなかったのでトンネルを通って峠を抜ける。逆方向はかなり渋滞している。
トンネルを抜けてすぐのサービスエリアから電話をして詳しい道を聞く。
パオラの高校時代の友人は広い庭から出て、道端で私たちを待っていてくれた。
この別荘はお祖父さんの建てたもので、子供の頃から来ているという。ゴッタルド・トンネルのできるずっと前になる。
地質学者の彼は山に採鉱に行くのが趣味だそうで、今朝も探しに山に行ってきた、と。
彼は採鉱に魅了されていると言う以上で、ほぼ取り憑かれているかの様に採鉱の話しかしない。
ゴッタルド・トンネルのあたりの地質はほとんど御影石のようなもので出来ていてその古い地質の石の隙間に水晶やアメジスト、赤鉄鉱などが見つかるのでゴッタルド・トンネル工事中は夜になると忍び込む人も絶えなかったなどと力説して、様々な採取のコレクションも見せてくれる。
私達を今晩泊めようとか、そんな気回しは微塵もない様に見える。
少しして、奥さんが
「何か飲み物でもいかが?何が良い?ビール?あ、でもまだ運転するからビールはダメね。」と。
その時点で私達を泊めるとは全く考えていないと分かったが、パオラはまだ気が付いていない様子だった。
到着したのは午後5時過ぎだったが、ゴッタルドからミラノまでは車で2、3時間、その日のうちにミラノに帰ると考えるのがやはり普通だろう。
熱心な採鉱の話を聞きながら暗く硬い石のようの岩の隙間に水晶を見つける瞬間を想像してみる。
それは凄く感動的な瞬間に違いないと色々詳細を尋ねると、別荘の近所のレストラン経営者が発掘の状態を再現したものがドイツの採鉱の専門雑誌に載っているのを見せてくれる。
全く知らない世界を垣間見られて中々面白い体験だった。
車に乗り込んで、「そうだよねミラノまで2、3時間なら、泊まって行けなんて言わないのが普通だよね。」などと話す。
到着前はもしも泊めてくれなかったら何処かで宿を探すという選択もあったのだが、出発した時にはそんな考えも消えていた。
夜9時過ぎに戻ったミラノはまだ車も人も少なかった。
まだバカンスから戻った人は少なくその後10日間くらいは街はガラガラで時間がスローモーションで流れている様だった。
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