2026年3月20日金曜日

「パンのように善良」なアンナのママのズッキーニと牛ひき肉のクロスティーニ


 

前回アンナの料理を茶化したので、今週は彼女の名誉挽回レシピとエピソードを書きましょう。


先週「料理らしい料理が出来ないアンナが何を作るかというと茹で野菜、生野菜、チーズを切ったものと定番のボッタルガのパスタ」と書いたが、料理嫌いと言うよりは食べる事にあまり興味がないのだと思う。

そして、前回も書いたように夕食会は頻繁に開く。アンナはサルデニアの州都の大きく景気の良いパン屋さんの娘で、毎日の食卓には両親、7人兄弟姉妹、常駐のお手伝いさんが2人でいつも10人以上いたので、3、4人でテーブルを囲むのは淋しいのだという。だから歳が近く同業の私やプロスペロだけでなくプロスペロの元アシスタントのジョアンと彼女のマリアパオラや同じアパートのデザイン科の学生(今では大学助手)のフェデリコなど親子以上に年の違う若者達も招待して人数を増やす。

食卓にはいつもの野菜とチーズのアンティパストとサラダが並び、プリモのボッタルガのパスタは茹でたパスタにプロセッサーで一瞬で砕いたボッタルガと生のオリーブオイルを混ぜるだけ。そこにテーブル上でトッピング用のボッタルガを加えながら「レストランではボッタルガをこんなに沢山入れてくれないわよ。」と自慢げに毎回言うのはほぼ儀式に近い。その後は客の誰かが持ってきたスイーツで締めくくる。

誰かに「料理ができない」と指摘されると20年前にチプラゼーダスというサルデニアの郷土料理を数百作った話をする。が、20年に一度沢山料理をしたから料理ができるとは言わないのだとよく解っていないようだ。。。

一度だけ料理らしい料理を振舞ってくれた事がある。ちょうど6年前の今頃の事。何故そんなに正確に年を記憶しているかと言うと、新型コロナの第一回の厳しいロックダウン中だったから。欧州で一番最初に新型コロナの感染者と犠牲者を出したイタリアは2020年の春、必需品の買い物と仕事以外での外出は禁止。皆自宅監禁、街はゴーストタウン状態だった。その時に、彼女が18歳の時に亡くなったお母さんがよく作ってくれたというこのタルトを作ってうちの下まで持ってきてくれた。他人を家に入れる、なども禁止されていたのでアンナはそのタルトの包みを置いてすぐに帰宅していった。美味しかった。

レシピのメモが見つからなかったので今もう一度レシピを聞いたら、お母さんのレシピだけれどいつも作ってくれたのはお姉さんのマリアだった、と。材料は教えてくれたけど分量の指定はなし、「きっとあなたの方が美味しく作るわよ」と笑っている。成り行きで、今度会うときに私が彼女に作ってあげることになった。。。なるほど、アンナに料理らしい料理をさせるには新型コロナのロックダウン並みの緊急事態が必要なのだ。。。

マリアが亡くなった時のことはこの時の投稿で。

https://cucina-kajorica.blogspot.com/2025/02/blog-post_14.html

タイトルの「パンのように善良」なアンナとの出会いから今までの事はレシピの後に。

・・・・


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材料> 約30個分

・パン(バゲット) 1本


・牛挽肉 200g


・ズッキーニ 小1本(約100g)


・玉ねぎ 小1個(約100g)


・粉チーズ 50g


・卵 2個


・塩胡椒 適量


・・・・・

<作り方>

1・ズッキーニと玉ねぎ玉ねぎは微塵切りにしておきます。



2・1と牛挽肉、粉チーズ、卵を混ぜ合わせ、塩胡椒で味を整えます。



3・約1cmにスライスしたパンに2を盛り、オーブントレーに並べ、最後にオリーブオイルを一筋垂らします。オリーブオイルを一筋垂らす代わりに、2にマヨネーズを入れるのでもいいかも知れません。



4・180度のオーブンで20分程度焼き、火が通ったら出来上がり。


見てくれがいい割に、簡単でした。

・・・・・

アンナと初めて会ったのはもう30年以上前、当時の同僚のピエルパオロが「知り合いのホームパーティーがあるから行かないか」と誘ってくれた時。その知り合いというのがアンナだった。

「彼女の家は大きくて、しかも持ち家なんだよ」とパーティーに向かいながらピエルパオロが話してくれた。当時我々若手デザイナーは皆賃貸暮らしをしていた。ピエルパオロは交通事故にあい、降りた保険で買った家を持っていたが、小さくやや郊外にあ理、アンナの家は中心部で140平米はある。後から知ったことだが、景気の良いお父さんが買ってくれたのだそうだ。でもそのホームパーティーの日の彼女のことはよく覚えていない。

その数年後に一度展覧会の準備で会ったが、押しが強くて横柄な話し方にあまり好感は持てなかった。一緒にいた内気なドナータは小声で「私あの人苦手、相手お願いしていい?」と言った。

そしてそれから10年以上経ってパトの家のパーティーで再開した。先週も書いたようにうちから100mのところに住んでいるので一緒に帰宅するなど自然と友達付き合いが始まった。彼女は若い時から合気道をしていたので結構親日家だし、数少ない私のミラノの日本人の友人澄子さんのこともよく知っていた。だからと言って日本人の心の奥深くが解ると言うタイプでもないが。

そして私とアンナの友達付き合いが始まったことにパトが嫉妬して、二人でいる時アンナの話になる度に彼女のことを悪く言うようになった。誰にだって欠点はあるし、パトがアンナの悪口を言って減点対象になるのはアンナではなくてパトなのに。

アンナリータは、以前友人の男性アーティストとアンナの家に食事に招待されたが、「茹でたズッキーニだけが出て来て、一緒に行った友達に恥ずかしかった。二度と行かない!」と言う。でも突っ込んで質問すると茹でたズッキーニではなくサヤインゲンだった事が分かった。結構大きな違いだと思う。サヤインゲンはきちんとしたディナーでも茹でただけでサーブされる事がある。一方ズッキーニを丸茹でがサーブされたら私もちょっと驚くかもしれない。「でもボッタルガがゴージャスに使われたパスタはあったでしょ?定番なんだけど」と聞く「なかった」とアンナリータは言い張る。でもそれは嘘だと私は思っている。彼女は何かを主張したいときに誇張するために尾鰭は鰭つける傾向にあることに少し付き合って分かった。悪気があるのでは無い。想像力過剰で想像するとその世界に入って自分でも信じ込んでしまう傾向があるのだ。でもその脚色が誰かを中傷することになる時はその嘘を指摘する。すると「私はアーティストなのよ!」と開き直る。が、アーティストなら誰かを中傷していいという法則はない。

それにアンナリータは料理上手を自負しているが、持ち寄りの立食パーティーを何度かしただけで着席のちゃんとした食事に招待してくれたことは一度もない。招待してくれない料理上手と、招待してくれるお料理下手とどっちが付き合いやすいかは答えを考える必要はない。

では私とアンナがとても波長の合う友人かというと、そうでもない。残念だけどこの人にはこれは分から無いのよねぇ、と思う事が時々あり(パトはそこを指摘するのだが)、それはお互い様なのかもしれない。

アンナは私がディスコに踊りに行くなど全く興味がない(ましてや今の年齢で?!と言いたいが)ことを残念そうにしている。私から言えばアンナが読書を全くせず文学の話などができないのを残念と思っている。家で付けっぱなしになっているテレビ番組は大抵バラエティーショー系で、私は見ないテレビはつけないし見る番組は時事問題系が多い。読書を全くせずいつもテレビのバラエティー番組ばかり見ているというと、それではお馬鹿?かというと、そうではない。とても実践的で非常に勘が良い。

そんなふうにミスマッチな友人でも付き合いが続くのは近所だという事以外に、彼女は根がシンプルで善良なこと。パトのように嫉妬から誰かの悪口を言うことも、誰かに腹を立てて復讐を企てることもない。アンナリータのように真偽混同で誰かを中傷することももちろんしない。アンナには意地悪さが皆無なのだ。それはイタリアのシングルの女性には結構珍しいタイプだと思う。

イタリアの言い方で「Buono come il pane」という言い方がある。直訳すると「パンのように美味しい」という意味になるがBuono という言葉には「美味しい」という意味の他に「善良」という意味もあり、非常に善良な人の事を「Buono come il pane」と言う。

「パンのように善良」と言うのはパン屋の娘のアンナにぴったりな形容だと思っている。


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