2023年7月14日金曜日

原点となったステファニアのチェーナ、レシピ本「粉砂糖」とアマトリチャーナ風パスタ

 

Photo©Kajorica



イタリア生活の最も楽しい事の一つに自宅でのチェーナ、つまりホームディナー、夕食会がある。


東京だと町が大きすぎて郊外に住む友人の家に町の反対側から行くのは大変だし、家が狭かったり、散らかっていたりで人を自宅の食事に頻繁に招待する習慣のある家庭は少ないと思う。

家での会食はイタリアの国民的楽しみと言っても過言ではなく、そんな習慣があるからこそインテリアや家具デザインも世界でも一流のものになったのだと思う。


初めてイタリアで個人宅の夕食会に呼ばれたのはステファニア・Gの家。呼ばれたと言っても本当に招待されたのはわたしではなく当時勤めていた事務所のボス。ボスとマンツーマンの小さな事務所で丁度残業をしていた私に気まぐれで「一緒に来るか?」と声をかけてくれ、嬉しくて「行く」と即答した。何しろイタリア生活を始めたばかりで知り合いも少なかった当時、個人宅に入るのは興味津々だった。人がどんなインテリアの家でどんな風に暮らしているか。在イタリア30年以上経った今でも、よほどの事情がない限り個人宅への招待は快諾することにしている。


ステファニアは当時の私のボスの親しい友人で建築家だったが、建築家としてよりお料理研究家として有名で頻繁に料理雑誌に執筆をしていた。 ミラノ中心部のサン・ロレンツォの列柱と呼ばれる古代ローマ後期の二、三世紀頃に作られた17本の大理石の列柱を見下ろす気持ちの良い最上階のアパートに住んでいて、集まった彼女の友人たちは建築家、デザイナー、木工職人などなど。大人に混ざって一人だけ同席した思春期の息子が火の玉のように何かを思いつめている様子を見た木工職人が「恋をしているんだろう」と茶化していた。


聖ロレンツォの列柱 
Photo©Kajorica



渡伊間もなかった私は、速いテンポの機知とユーモワに富んだ会話を聞きとるのに精一杯で、まるで窓の外からその食事風景を眺めているようだった。そういう状況でも、少ししか発言しない人に気を使い話しやすいように日本の話題に切り替えてくれる人も必ずいる。その後自然に溶け込めるような会話術を習得するまでには、必ずそういう人たちに助けられていた。


あえて語学能力と書かずに会話術と書いたのは、語学だけでは知らない人との会話は成立しない。いろんな分野に知識があって、相手が興味ありそうなことを素早く察知し、生真面目すぎず軽薄すぎない話ができるようにならないと、つまりそれなりの「人」にならないと初対面の人の多い会食は(そういう会食がイタリアでは多いのだが)居心地は良くならないし、周りを楽しませることもできない。そして会話術も大事だけれど、最も大事なのは話し相手に興味を持ち、知りたいと思うことではないか、と思う。


ステファニアのチェーナの話に戻ると、アンティパスト、プリモ、セコンド、と彼女がキッチンから湯気のたつ大皿を運んで来る度に来客から上がる歓声、楽しい会話の光景は今でも目に焼き付いていて、私のチェーナの原点になってしまった。あれこそが「チェーナ」なのだと。


とてもハイレベルな原点だ。辿り着こうとしても辿り着けないかもしれない原点なんてあるかしら。という高い理想からこのクチーナ・カジョリカをスタートさせていただきます。どうなることやら。。。。


ステファニア・Gの家の夕食会に行ったのは後にも先にもあれだけだったけれど、その翌年事務所を訪ねてきたステファニアに一冊の本をプレゼントされた。彼女のレシピ本「Zucchero a velo」(粉砂糖の意)の日本語訳が出版されたのだった。



日本語版と加筆されたイタリア語版



レシピ本といってもエッセイ風で人生の甘みだけでなく苦みや辛味もたっぷり入った彼女のレシピ集は、彼女の人生の折々での大事な瞬間のレシピから女友達の得意料理とそれにまつわるエピソードを交えながら書かれたもので、どれをとっても「使える」レシピが多い。

見よう見真似のカタカナで「ステファニア・ジャンノッティ」とサインした献辞 入りの本のレシピは美味しいものばかりで、イタリアでは一般的に料理本の原点とされている19世紀の美食家アルトゥージのレシピ本以上に重宝し、わたしの料理のバイブルになった。


カタカナで「ステファニア・ジャンノッティ」とサインした献辞



翻訳は今では文筆家として有名な内田洋子さん。邦題は「イタリアを食べる―人生を彩る食卓とレシピ」うーん、どうしてそうなっちゃうのかなぁ、と残念だった。「人生を彩る食卓とレシピ」という副題は良いとして「「イタリアを食べる」って。。。「イタリア」と言う言葉を入れた方が本が売れるだろうというマーケティング的考察は解るけど、ケーキの仕上げなどに軽くふりかける粉砂糖のように「私はふわりと乗っていたいから」というおくゆかしく詩的な意図でつけられた「粉砂糖」というタイトルが「イタリアを食べる」となってしまうなんて、文学的にも美学的にもあんまりだと思う。このタイトルは内田洋子さんがつけたのではなく出版社の人がつけたと、私は思いたい。


「どれをとっても”使える”レシピが多い。」と書いた後、ちょっと気になって日本のアマゾンの書評を覗いてみたら、唯一の評価に


『物語としては面白いですが、料理のレシピに関しては、作れるかなーと思うものが多い。肉料理が多く、特に素材、例えばヒツジやその臓物、子牛の膵臓、アヒルなど・・・更にチーズの多くの種類は日本では普段揃えているのは難しいかもしれません。「ナスのパルメザンチーズ焼き」はアレンジするといいかもしれません。私には少々ハードルが高いですね。』と。


。。。そうですね、そう言われてみれば、日本では揃わない食材を使ったレシピも確かに少なくありません。日本どころか、「パレルモ風イワシのパスタ」は決め手の野生のウイキョウがわたしの住んでいる北イタリアでも入手困難。不可能ではありませんが。


でもせっかく日本語で書くこのブログ、日本で入手可能な食材にアレンジする方法もご紹介するように努力しますね。


***


ステファニア・Gのアマトリチャーナパスタ


その日食べたものはみな美味しかった。プリモピアットは確かアマトリチャーナだったと朧げに記憶している。ベーコンとトマトベースのパスタで日本でいうナポリタン・スパゲッティに似ている。こちらではアマトリチャーナ、つまりアマトリーチェのパスタということになる。


アマトリーチェはラツィオ州(ローマのある州)でもどちらかと言うとアドリア海側に近い、風光明媚な山岳部の盆地で有名だったが、2016年と2017年の相次ぐ大地震で歴史的建造物にも大きな被害を受けてしまった。



アマトリーチェ


ナポリタン・スパゲッティに似ていると言うと、多分「なんだ、随分簡単な」と思う方も少なくないかも知れない。でも簡単な料理ほど食材の質、茹で加減炒め加減など全てがパーフェクトでなくてはならなくて難しいのはイタリア料理に限ったことではないはず。ですのでレシピの後に<美味しさの秘訣>をいくつも加筆しました。


<二人分材料>


・パスタ ブカティーニ 160g 

(中に穴のあいた太めのスパゲッティのようなパスタ。ない時はスパゲッティでも作る。ペンネと呼ばれるマカロニのようなパスタで作る人もいるが、アマトリチャーナはブカティーニで作るのが王道。)


・スモークベーコン40g


・普通のベーコン40g


・にんにく1片(翌朝アポのある時は入れません。または潰して丸ごと入れて香りだけつけて途中取り出します。)


・玉ねぎ 小半分


・料理用白ワイン 1カップ弱


・トマトソースまたはホールトマト 200-250g (決してケチャップなど使わないで下さい。)


・パルメザンチーズとペコリーノチーズ同量すり下ろしたもの適量 

ペコリーノチーズは入手困難ならパルメザンチーズだけでもOK、ただ、アメリカ製のパルメザンチーズではなくイタリア製のものを使って欲しい。味が全く違うから。





燻製(スモーク)ベーコンと普通のベーコン

写真は2ミリの厚さって言ったのに1ミリ強で若干不満が残る厚さです


<作り方>

1・大きめの鍋でパスタ用のお湯を沸かし始めます。


2・その間に二種のベーコンとみじん切りのニンニクと玉ねぎを小さめに刻んだもの(みじん切りよりは大きめ)をフライパンに温める。少し温まるとベーコンから脂が滲み出てくるのでその脂で玉葱とにんにくを炒める。



ちょっと玉ねぎの切り方が荒すぎだったかな



3・カリカリになり過ぎない程度に炒めたら料理用白ワインを1カップ弱加えます。ジャーという音を立てて一気にワインは蒸発します。この行程が胃にもたれない具になるのに重要です。



4・トマトソースを加え、炒め続けます。ベーコンに塩分があるので塩は加えず、胡椒は好みに応じて適量加える。


5・ソースを炒め続けながら、パスタ用のお湯が沸騰したら、荒塩一握りとパスタを放り込みます。



6・茹で上がったパスタとトマトソースを大胆に混ぜ合わせます。

量や調理用具の大きさによりフライパンや鍋の中で混ぜる人もいれはサーブ用の大皿の中で混ぜる人もいますが、熱々のパスタを食卓に運びます。



<パスタの一般的な量>

初回なので一応パスタの一般的な量について書きますと、一人前80gはイタリアのレストランの一般的な量。家庭ではパスタの量はその時の食欲に応じて変えます。私は一人の時は60から75g。来客時は一人基本80g。ただし前菜やセコンドピアットに何を用意しているか、同席者のお腹の空き具合も聞いて加減します。



<美味しさの秘訣・1>

ベーコン2種の量は合計でパスタの半分の重さにするのが目安。


内田洋子さん翻訳の「イタリアを食べる」を見ると6人分パスタ600g ベーコン300g、燻製(スモーク)ベーコン150g、コッパ(腰肉で作るハム)か普通のハム150gとあり長い間不思議でした。なぜならコッパや普通のハムをアマトリチャーナに入れるというのはどこでも食べたこともなく、どの料理研究家のレシピを見てもないし、これだとベーコン、サラミ類の量がパスタと同量になり多すぎる。。。


新しいレシピが加筆された「粉砂糖」改訂版がイタリア語で出た時に購入し疑問解決。実はそれは翻訳の誤りで、原文には ベーコン300g:燻製(スモーク)ベーコン150g、普通のベーコンまたはコッパ風ベーコン(pancetta coppata)150gとあります。つまりベーコン300gの内訳が燻製(スモーク)ベーコン半分、普通のベーコンまたはコッパ風ベーコン(pancetta coppata) 半分というのがステファニアのおすすめの食材の比率。



左がコッパ 右がコッパ風ベーコン



豚肉部分と名称 ベーコンは9、コッパは4
www.artigianidellecarni.itから画像を拝借しています。


コッパ豚肩肉の首から第4か第5リブまでの肉で作るハム。コッパ風ベーコンはコッパの周りベーコンを巻きつけ丸くしているもので、味は主にベーコン。脂肪の多いお腹の肉で作られています。




<美味しさの秘訣・2>

ベーコンは2タイプとも2mmくらいにスライスしたものを使用。薄過ぎても厚過ぎてもダメ、との事。結構大事なポイント。


イタリアだとサルメリアでもスーパーマーケットでもその時の用途に応じてスライスの厚みを変えてもらうのは普通のことですが、日本ではその場でスライスしてくれるお店は少ないかもしれません。出来合いの厚みで良しとするか、こだわる人は塊を買って自分でスライス、ということになるのでしょうか。




<美味しさの秘訣・3>

もう一つのポイントはトマトソースの量は控えめに。ステファニアによると「アマトリチャーナはベーコンがトマトソースの中に入っているのではなくトマトソースがベーコンに混ざっている」のだそうなので、レシピ本にはイタリア語の原文にもトマトの量は明記されていません。

トマトピューレまたはホールトマト 200-250gという量は好みで加減してみて下さい。写真は、夏なので生のトマトを湯むきして小さく切ってフライパンの中で潰しました。




<美味しさの秘訣・4>

ステファニアの本によるとこのレシピの注意すべきポイントはオイルはできるだけ控える事とベーコンの火の通り具合。カリカリになり過ぎないように、との事。


フライパンで熱すればベーコンの脂が出てくるので私は油は入れません。入れるならオリーブオイルを極めて少量にしましょう。




<美味しさの秘訣・5>

これは私の調理法ですが、玉ねぎをスライスするときは縦に切ります。

シンプルなトマトソースに玉ねぎを入れる時もそうですが、横に、所謂輪切り方向に切ると玉ねぎ臭いソースになります。逆に縦に切って火を通すと玉ねぎの甘みが玉ねぎの中に残ります。

このアマトリチャーナの場合は縦にスライスしたものを横に半分にだけ切っています。




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